歩く死者

フロアを移動中に行き倒れを見つけた。
近づいてから気がついた。
行き倒れではない、瀕死の若者だった。

階層移動中にモンスターに不意をつかれたのか、敵対者に攻撃を受けたのか・・・・ともかく誰が見ても致命傷だと一目でわかる。わき腹にでっかいトンネルができていたから。

『おーい、聞こえるか?お前はもうすぐ死ぬ。もって、後10分って所だ。何かやって欲しい事があるか?』
こっちの言葉は認識できたようでかすかに眼を開ける。まだ子供だといってもいい。

『すまんが煙草はさっき最後の一本を吸ってしまったし、俺は下戸なんで酒は持ち歩いてない。司祭様は2~3F上のフロアだし、神様はたぶん雲の上だ。手紙を書いてもいいけど、到着するより早く、お前は神様の前に突っ立ってる事になると思うよ』
少年は少し笑ってみせると『コーヒーが飲みたい』と言った。

・・・馬鹿げてる。本当にこいつはまだ子供なんだな。コーヒーなんてすぐに用意できるもんじゃない。そもそも、こんなところで火を起したらいい的だ。モンスターだって敵だってまだ近くにいるかもしれんのだ。それに飲んだってそのどてっ腹にあいたトンネルから全部こぼれてしまうだろう。

『何とかしてやりたいが、コーヒーは無理だな。もう、時間もない。なんか言い残す事はあるかね?』

少年の目に失望の色が浮かぶ。と、見る間にその目から涙があふれてきた。
『・・・・死にたくない』
死が怖いから泣くと言うよりも、望みが何一つきかれなかったので泣くと言うよりも、ただ哀しくて泣く、そんな泣き方だった。

『馬鹿が。死ぬ時はかっこよく死ねよ。お前は好き好んでこんな所にやってきて、好き好んで殺しあって、好き好んで死んでいくんだろう?泣くんじゃないよ』

だが、聞こえてなかった。もう死んでいたから。


この地下世界は特殊な封印のためか、死を迎えても迷宮内なら魂がとどまる事ができる。生と死の境界があいまいなのだ。逆を言えば俺たちは全員『歩く死者』と言ってもいい。
あいつに、生きようという意志があれば、また肉体を得る事ができるだろう。
そして、50回も死ぬ頃には犬っころみたいな泣き言は言わなくなるだろう。
・・・それにしてもこの迷宮を作った奴はどういうつもりでこんな仕掛けをしたんだろう?
そんなにまでして死を避けたかったのか?あるいは・・・誰も死なせたくなかったのか?

気味が悪いが俺だって数え切れないくらい死んでいる。それを考えれば難しい事を考えずにそいつに感謝すべきなんだろうな。そうすりゃ、世はこともなしってわけだ。

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